貨幣の生成(その1)

 これまでに、実物資産とその経済的取引について説明しました。次に、実物資産は外部からの調達や複製によって生成されるということを説明しました。また、外部への流出や消去により、消失することも示しました。そして、実物資産は価値を持ち、その価値もまた、価値観の変化により増減するということを説明しました。

 そして、経済的取引においては、実物資産と貨幣が交換され、その貨幣の額面は、実物資産の価値の大きさに対応します。

 貨幣の特徴は、それ自身では実物資産と同等の価値を持たないという点です。「貨幣」そのものは、紙ないし電子データ(コンピュータのメモリ上のビットの帯電)にすぎません。それを、他の実物資産と交換して初めて価値が発生します。

 何か、特定の価値を想定し、具体的な仕様まで落とし込んだ状況を考えてみれば良いでしょう。例えば、生命を維持し、のどの渇きを癒すという価値を持つものは何か。そのような価値をもたらすもののうちの一つは、「500mlの飲用可能で清潔な水」であって、紙幣ではありません。紙幣は、ペットボトル入りの飲料水や水道設備の利用権と交換されることが保証されて、初めて価値が発生します。

 例えば、電力の安定性を担保するという価値を持つものは何か。そのような価値を持つ物の一例は、ウラン燃料やLNG太陽光発電設備であって、ドルや外貨準備ではありません。ドルをLNGに交換して初めて価値が発生します。

 例えば、床をきれいにするという価値を提供するものは何か。それは、お掃除ロボットや掃除してくれる誰かであって、モズレーの名刺そのものではありません。モズレーの名刺は、それを受け取った誰か(例えば子供)が、掃除をして初めて価値を提供します。

 さて、では、その貨幣はどこから出てくるのでしょうか。

 話を簡単にするために、ここでは貨幣を「政府紙幣」及び「銀行預金」に限って話を進めます。

 まず、政府紙幣や銀行預金を発行するのは、企業や家計ではないことは確かです。私たちがコピー機で紙幣をコピーした場合、法律により罰せられます。企業も同じです。では誰が発行するのでしょうか。現代貨幣理論(Modern Monetary Theory:MMT)はそのヒントを提示しています。

 現代貨幣理論では、発行者の候補として、政府を挙げています。例えば、L・ランダル・レイは、『自らの計算貨幣で表示された通貨を発行する権限を付与されているのは、現代の主権を有する政府だけである[1]』と指摘します。(注:この本では、銀行券や硬貨を「通貨」として定義しています。)

 しかし、この記述を西暦2022年の現代日本にそのまま適用するのは、やや不適切です。その理由は3点あります。1点目は、現代日本において、流通している貨幣は、紙幣や貨幣といった通貨のほかに、銀行預金があること。2点目は、貨幣の発行に際して、政府と国民の間に銀行を介していること。3点目は、紙幣や硬貨を市中に流通させているのは、政府ではなく、日本銀行だからです。そのため、まずは、2022年現在の日本における貨幣の発行状況を確認してみましょう。

  

紙幣の発行

 日本銀行券の発行者は、日本銀行です。この事実は、日本銀行がそのホームページで明言しています[2]。また、法的には、日本銀行法四十六条にて、日本銀行日本銀行券の発行をするものとして定められています[3]

 また、日本銀行券は、財務省が発行数量を計画し、独立行政法人国立印刷局[4]が製造し、製造された紙幣を日本銀行が引き取り、日本銀行の取引先金融機関が銀行券を受け取ることで、発行されます。なお、日本銀行のバランスシート上では、日本銀行券は、負債の部に計上されています[5]

 

硬貨の発行

 硬貨は、日本政府が発行します。この事実は、日本銀行及び財務省のホームページにて記載されています[6][7]。関連条文は、独立行政法人造幣局法第11条第1項第1号[8]および通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第4条第3項[9]です。独立行政法人造幣局が製造した後、日本銀行へ交付された時点で、貨幣は発行されたことになります。財務省が製造枚数を計画します。

 

銀行預金の発行

 銀行預金の発行方法には二つあります。一つは、銀行による貸出、もう一つは政府支出です。

 

銀行預金の発行 -銀行による貸出-

 例えば、井上智洋氏はその著書の中で、板倉譲治の著書を引用し、次のように述べています。

 

 たとえば、三井銀行の社長だった板倉譲治はこう言っています。

 

  銀行の場合には貸出しによって創造される資金自体をその貸出しの元手として使用することが出来るのであって、予め別に資金を用意していなくても貸出は可能なのである10

 

 すなわち、民間銀行は資金を集めて貸し出すのではなく、自ら貨幣を作り出してそれを貸し出すのです[10]

 

 L・ランダル・レイは、次の通り指摘しています。

 

すべての銀行預金は、銀行が借り手の借用書を受け取った時に銀行が行う「キーストローク[訳注:キーボードを叩いてコンピューターに入力すること]」が生み出す。[11]

 

 中野剛志氏はあるインタビュー記事の中で、預金は銀行が無から創造していると指摘しています[12]。その根拠となっているのは、日本銀行協会が発行している『図説 わが国の銀行』と黒田日銀総裁の発言です。このうち、黒田日銀総裁の発言については、会議録で確認することができます。黒田日銀総裁は、

 

こうした銀行預金は、企業や家計の資金需要を受けて銀行などが貸出しなどの与信  行動、信用を与える行動、すなわち信用創造を行うことにより増加することになるということで、この点も委員御指摘のとおりであります。[13]

 

 と西田昌司委員の質問に回答しています。どうやら、銀行の貸出によって、預金が増加することは間違いなさそうです。

 

銀行預金の発行 -政府による支出-

 前述のインタビューにおいて、中野剛志氏が指摘している点がもう一つあります。それは、政府支出が銀行預金を増やすという点です。インタビューの後半では、国債発行による財政支出の詳細なオペレーションが説明されますが、ここでは、政府の財政支出に伴い、「銀行が企業の口座に記帳した瞬間に、1億円の新たな民間預金が生まれている」[14]と指摘します。同様な指摘は、井上智[15]、L・ランダル・レイ[16]らが行っています。

 

[1] L・ランダル・レイ監訳:島倉原 訳:鈴木正徳,『MMT 現代貨幣理論入門』,東洋経済新報社,2019,p113

[2] 日本銀行,銀行券・貨幣の発行・管理の概要 : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp), https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/outline/index.htm/#p04 ,2022/06/25時点

[3] 日本銀行法 | e-Gov法令検索

[4] 独立行政法人国立印刷局法 | e-Gov法令検索

[5] 日本銀行, 第137回事業年度(令和3年度)上半期財務諸表等について : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp) ,https://www.boj.or.jp/about/account/zai2111a.htm/ ,2022/06/25時点

[6] 日本銀行, 銀行券・貨幣の発行・管理の概要 : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp), https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/outline/index.htm/#p04, 2022/06/25時点

[7] 財務省,令和4年度の貨幣の製造枚数を定めました : 財務省 (mof.go.jp), https://www.mof.go.jp/policy/currency/coin/lot/2022kaheikeikaku.html,2022/06/25時点

[8] 独立行政法人造幣局法 | e-Gov法令検索

[9] 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律 | e-Gov法令検索

[10] 井上智洋,『MMT 現代貨幣理論とは何か』,講談社,2019,p44-45

[11] L・ランダル・レイ監訳:島倉原 訳:鈴木正徳,『MMT 現代貨幣理論入門』,東洋経済新報社,2019,p137

[12] 中野剛志 構成:田中泰, 中野剛志さんに「MMTっておかしくないですか?」と聞いてみた 第3回 「コロナ恐慌」で国民が“どん底”に突き落とされないために、絶対に知っておくべきこと, ダイヤモンドオンライン,https://diamond.jp/articles/-/230693 ,2020/4/2

[13] 黒田東彦,参議院予算委員会, 第198回国会 参議院 決算委員会 第2号 平成31年4月4日, https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=119814103X00220190404 ,2019/04/04

[14] 中野剛志 構成:田中泰, 中野剛志さんに「MMTっておかしくないですか?」と聞いてみた 第3回 「コロナ恐慌」で国民が“どん底”に突き落とされないために、絶対に知っておくべきこと, ダイヤモンドオンライン,https://diamond.jp/articles/-/230693?page=4 ,2020/4/2

[15] 井上智洋,『MMT 現代貨幣理論とは何か』,講談社,2019,p51-52

[16] L・ランダル・レイ監訳:島倉原 訳:鈴木正徳,『MMT 現代貨幣理論入門』,東洋経済新報社,2019,p137-p138