負の価値の取扱

 ここまでの話は、実物資産が正の価値を持つ場合の話でした。しかし、現実の実物資産は、負の価値を持つ場合があります。このような負の価値を持つ実物資産の例として、次のようなものがあげられます。

 

マテリアル

・有害物質(有機水銀[1]カドミウム[2]6価クロム[3]、鉛[4]アスベスト[5]、PCB[6]など)

・アルコール[7]

・タバコ[8]

二酸化炭素[9]、フロン[10]

放射性廃棄物

・麻薬、あへん、覚せい剤[11]

・ふぐ[12]

 

リソースによるサービス

国鉄63系電車 [13]によるサービス

・不適切な修理をされた航空機[14]によるサービス

  

情報

・反ワクチン報道[15]

関東大震災時の流言飛語[16]

 

 このような負の価値を提供する実物資産に対して、経済的主体が実施する対策は以下のようなものが考えられます。

 

(1)負の価値と同等の貨幣を用意し、別の経済的主体に引き渡す。

 産業廃棄物処理業などが該当します。ただし、この取引は、あくまでも所有権の移転であって、負の価値そのものが社会からなくなったわけではありません。

 

(2)負の価値が社会に提供されないようにする。法的に使用を禁止する、代替品を開発する、出荷検査時に除去する、修理を行う等。

 ほぼすべての製造業には、製品出荷前に検査工程が存在します。不良品は、この段階で検出され負の価値が顧客に提供されないようにします。

 法的に禁止する一例が、アスベスト(石綿)やPCBです。アスベストは、耐熱性や電気絶縁性に優れた鉱物ですが、肺癌や中皮腫を引き起こすことが指摘され、2022年現在では、アスベストおよびその含有製品は、労働安全衛生法および労働安全衛生法施工令によって、製造、輸入、譲渡、提供、使用が禁止されています。また、PCBは、絶縁性に優れた性質のため、変圧器や蛍光灯の安定器に使われていましたが、カネミ油症事件をきっかけに化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律にて規制されるようになりました。

 

(3)免許制度を定め、所定の資格を取得した対象者にしか扱わせないようにして、負の価値が社会に提供されないようにする。

 該当するのが、自動車、無線機、ふぐ料理、麻薬などです。

 麻薬は麻薬及び向精神薬取締法をはじめとする法令や省令で、その取引が免許所持者のみに限定されています。

 

(4)負の価値が提供されることを容認する代わりに、負の価値に相当する貨幣を市場から回収する。回収方法の一つとして税金が考えられる。

 該当するものが、たばこ、アルコール、二酸化炭素などです。

 ある実物資産がプラスの価値とマイナスの価値を同時に持ち、流通量が極めて多く、禁止や制限が、経済的・政治的・文化的などの理由により困難である場合です。その場合、社会に提供されたマイナスの価値に相当する貨幣を、税金という形で回収し、消去します。その例が、タバコにかかるたばこ税、アルコールにかかる酒税です。今後はここに、炭素税が加わる可能性があります。

 貨幣の項目で触れたように、貨幣とは、生産された実物資産の価値を示す点数の一種です。正の価値が誕生した場合、それに対応する貨幣を発生させる必要があります。したがって、負の価値が発生した場合、負の価値に対応する貨幣を消去しなければいけません。この消去するという行為が、徴税になります。

 

[1] 水俣病の原因物質、RoHS2指令対象物質

[2] イタイイタイ病の原因物質、RoHS2指令対象物質

[3] 発がん性、RoHS2指令対象物質

[4] 中毒性など

[5] 肺疾患等の原因物質

[6] カネミ油症事件の原因物質

[7] アルコール中毒、臓器障害

[8] 肺疾患など

[9] 気候変動、大雨、台風の強大化、干ばつ

[10] オゾン層の破壊

[11] 中毒性など

[12] 中毒性など

[13] 桜木町事故の原因の一つ。可燃性塗料、ドアコック位置の非表示、内開きの貫通扉、三段式のガラス窓などに要因により火災時に乗客が脱出できず、死者を発生させた)

[14] 機体番号JA8119。圧力隔壁の修理が不十分だったため、飛行中に破損し、日本航空123便墜落事故の原因となった。

[15] たとえば、日本におけるHPVワクチンの接種率低下の要因の一つには、マスコミ報道があったことが指摘されている。「ハーバード大の研究グループ、日本のHPVワクチンの接種率低下を分析 6つの提言を公表」,2021/09/28,https://news.yahoo.co.jp/articles/ec5f1dc6035fcbbb7cecc75c12fca9f53ff90d56

[16] 中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会「第4章 混乱による被害の拡大 第1節 流言蜚語と都市」 『1923 関東大震災 報告書 【第2編】』、2008年3月、https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/18_chap4-1.pdf