貨幣の生成(その2)
銀行預金の発行 -政府による支出-
政府支出による貨幣の生成について、より詳しく確認していきましょう。この手順については、中野剛志*1、井上智洋*2、L・ランダル・レイ*3、シェイブテイル*4など様々な論者が議論していますし、私自身も別記事で検討しましたが、本稿でも改めて確認します。
(注:以下の会計操作は、複数の書籍を確認してまとめたものであり、いくつかは筆者の推測が入っている。また、筆者は経理の経験がないため、細かい点で誤りがあるかもしれない。もし、以下の会計操作に誤りがあれば指摘いただきたい。)
まず、民間銀行は、300億円分の日銀当座預金を持っているものとします(状態1)。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
民間銀行 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
手順1:300億円分の実物資産を用意します。
実物資産は何でも構いません。300億円分のジャンボジェット機としましょう。(ジャンボジェット機を選定した理由は、井上智洋氏の著書に合わせたためです。それ以上の理由はありません。気になるようであれば、価格と品名は好きなように変えてしまってかまいません。論旨には影響しません。)
この状態では、民間銀行の日銀当座預金と民間企業の実物資産を合わせた600億円分の資産が存在しています(状態2)。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
民間銀行 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
民間企業 | 資産 | 実物資産 | 300 |
手順2:政府が300億円分の国債を発行し、民間銀行が国債を購入します。購入後、銀行は日銀当座預金を失うかわりに同額の国債を得ます。政府は、負債を負うかわりに日銀当座預金を得ます(状態3)。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
日本政府 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
日本政府 | 負債 | 国債 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 国債 | 300 |
民間企業 | 資産 | 実物資産 | 300 |
手順3:政府は、民間企業から、300億円分の実物資産を購入します。政府は、直接民間企業の銀行口座に預金を振り込むことができないため、小切手を交付します。
手順3完了後の状態が、下の表です(状態4)。民間企業は小切手という資産を得て、実物資産という資産を失います。政府は小切手という負債を負う代わりに、実物資産という資産を得ます。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
日本政府 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
日本政府 | 資産 | 実物資産 | 300 |
日本政府 | 負債 | 国債 | 300 |
日本政府 | 負債 | 小切手 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 国債 | 300 |
民間企業 | 資産 | 小切手 | 300 |
手順4:企業は、民間銀行に小切手を持ち込みます。民間銀行は、企業の口座に預金を振り込みます。
手順4完了後の状態が、下の表です(状態5)。民間企業は、小切手という資産を失う代わりに、銀行預金という資産を得ます。民間銀行は、小切手という資産を得る代わりに、銀行預金という負債を負います。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
日本政府 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
日本政府 | 資産 | 実物資産 | 300 |
日本政府 | 負債 | 国債 | 300 |
日本政府 | 負債 | 小切手 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 国債 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 小切手 | 300 |
民間銀行 | 負債 | 企業の預金 | 300 |
民間企業 | 資産 | 預金 | 300 |
手順5:民間銀行は小切手を日銀に持ち込みます。日銀は、小切手を処理します。これは、政府の口座にある日銀当座預金を民間銀行の口座に移す作業です。
手順5完了後の状態が、下の表です(状態6)。民間銀行は、小切手という資産を失う代わりに、日銀当座預金という資産を得ます。日本政府は、民間銀行の資産である小切手を得たため、負債と資産は打ち消しあいます。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
日本政府 | 資産 | 実物資産 | 300 |
日本政府 | 負債 | 国債 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 国債 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
民間銀行 | 負債 | 企業の預金 | 300 |
民間企業 | 資産 | 預金 | 300 |
民間銀行に日銀当座預金が戻ってきました。この状態は、状態(1)に国債(日本政府の負債と、民間銀行の資産)と預金(民間銀行の負債と民間企業の資産)を加えたものと同じです。そして、手順2~手順5は、預金の有無や国債の有無と関係なく実施できます。
したがって、状態(6)において、新しく何か別の300億円分の実物資産を持ってくれば、手順2から手順5までの手続きをそのまま繰り返すことで、再び300億円の政府支出が可能になります。そして、日本政府の所有する実物資産は増加し、同時に、民間企業の預金と政府の負債である国債も増えていくわけです。
さて、この議論には一つ大前提があります。それは、300億円分の実物資産が存在するということです。MMTの立場をとる論者が、実物資産の供給力を重視するのは、このためです。
政府・銀行以外による貨幣の生成
前項では、「貨幣」を政府紙幣や銀行預金を指すものと仮定して議論してきました。しかし、この仮定は不正確です。なぜならば、現実の社会において、実物資産との交換に用いられるものは、政府紙幣や銀行預金だけではないからです。
例えば、図書カード、クオカードや切手などの金券、店舗が発生するポイントカードやそのポイント、交通系ICカードの電子マネー、鉄道やバスの乗車券類、モズレーの名刺なども実物資産と交換されます。これらも、「実物資産と交換される」という点で政府紙幣や銀行預金と同等の機能を持ちます。ただし、政府紙幣と比べて、その適用範囲に制限がつきます。