【閑話休題】質問:万年筆マネーで5000兆円を創造できますか?

質問:万年筆マネーで5000兆円を創造できますか?

回答:創造できるが、使い切ることは極めて困難であり、実質的に不可能に近いだろう。

説明:「5000兆円欲しい」とは、Twitterで時々見られるネタ画像であり、大抵の場合、頭の悪そうな装飾を施された文字で表現される。仮に、何らかの手違いによって、あなたの口座に万年筆マネーで創造された5000兆円が振り込まれた場合、何が起きるだろうか?

 まず、5000兆円は、相当な量の実物資産が購入できる額であることは間違いない。日本の国家予算は114兆3812億円(2023年度)であり、日本の国家予算の約44年分に相当する。

 もう少し、具体的な例でいうと、青函トンネルの建設費は、地上部のアプローチ部分も含め6890億円*1、つまり約0.7兆円である。ということは、7兆円あれば、青函トンネルはあと10本建設できる。仮に、予算を10倍多く見積もっても70兆円である。5000兆円あれば、十分お釣りが返って来るだろう。あなたは青函トンネル10本を買えるだろうか。

 ここで、あなたは、未定義の仕様が一つあることに気づくだろう。それは、納期である。現在の青函トンネルは、1961年に着工し1983年に完成した。0.7兆円を使うのに22年、調査も含めるとそれ以上の歳月を必要とした。青函トンネルの建設とは、それだけの年月が必要な大工事であり、いくらお金があったとしても、この期間は短縮できない。70兆円を使って青函トンネル10本を建設しようとした時も、同様なことが起こる。

 1ヶ月では無理だろう。おそらく、打ち合わせの日程を決めるだけで終わるだろう。1年でも無理だろう。地質調査に取り掛かるだけで精いっぱいかもしれない。10年でも無理だろう。一本目のトンネルの本工事にも着手していないかもしれない。20年経てば一本目が完成するかもしれない。だが、これをあと9回繰り返す必要がある。仮に、一本ずつ建設していったとすれば(そして、技術革新などによる工期の短縮などがないと仮定すれば)10本目のトンネルが完成するのは200年後である。200年後にはじめて、70兆円が支払われる。ここで、制約になっているのは、お金ではない。青函トンネルの建設能力という、実物資産の供給能力である。これは、中野剛志氏が主張していたことと変わりがない。中野氏はこう主張する。「自国通貨発行権をもつ政府は、レストランに入っていくらでもランチを注文することができる。カネの心配は無用。ただし、レストランの供給能力を超えて注文することはできませんけどね。*2この文書では、レストランの供給能力に該当するものが、青函トンネルの建設能力である。

 だから、供給能力が十分あるものに対して支出をしてみよう。例えば、5chの鉄道総合版あたりで、乗りつぶしを趣味にしている鉄道オタクを10人募集しよう。そのくらい、簡単に集まるだろう。一人当たり50万円の現金を配り、配布した現金は電車賃にしか使ってはいけないと条件を付け、1ヶ月間に使い切るように依頼する。結果、何が起こるだろうか。まず、1ヶ月間の間に、鉄道業界全体の運賃収入が500万上がる。そして、最も混雑する場合でも、1両編成のディーゼルカーの乗客が10人増える。それだけである。

 青函トンネルとの違いは、実物資産の供給能力である。それは、あなたの近くにある身近な鉄道を思い浮かべるだけで十分だろう。数分おきに運行される16両編成の新幹線、1時間おきに運行される在来線特急、10分おきにやってくる各駅停車、山の中を進むガラガラの1両編成のディーゼルカー、どれも、乗客が10人程度増えたとしても、移動サービスを提供するだけの余裕がある。そして、供給能力が限界になるまで、万年筆マネーで、お金を創造することができる。

 私たちは、「5000兆円ほしい!」と聞いて、ありえない話だと笑う。なぜ、ありえないのか、それは、お金の創造の側にあるのではなく、実物資産の供給能力の側にある。5000兆円分の実物資産を供給することは、2023年現在の日本においては、誰にもできないことなのだ。