経済的主体 - 実物資産の調達・変換・出力
経済的主体は、経済的主体の外部から実物資産を調達し、経済的主体の内部で実物資産を変換し、経済的主体の外部に出力します。入力と出力のみで、変換がない場合もあります。
たとえば、工場は経済的主体とみなせます。工場は、その外部から実物資産(マテリアル(部品や素材)、用役(ガスや電気)、サービスによるリソース(労働力や機械設備)、情報(顧客の要求仕様や設定情報))を調達し、内部で組立や加工や設定を行い、外部に製品というマテリアルを出力する経済的主体です。また、同時に産業廃棄物やCO2といった負の価値を持つマテリアルも排出します。
さらに、実物資産の変換は、生産だけとは限りません。転用や再利用もその中に含まれます。例えば、鉄道会社が、使用済みレールをホームの支柱に転用する場合です。
内部での変換がない経済的主体もありうるでしょうか?ありうると考えられます。例えば、小売業が該当しそうです。小売業は外部から製品という実物資産を調達し、店舗や店員と言ったリソースを占有し、外部に製品を出力する経済的主体と解釈できます。場合によっては、製品とともに情報(製品知識など)を出力する場合もあるでしょう。
個人個人、一人一人も経済的主体になり得ます。例えば調理です。あなたがスーパーマーケットでジャガイモや豚肉やカレールーを買い、キッチンでカレーを作り、作りすぎたカレーを隣近所におすそ分けしたとしましょう。このとき、あなたは、外部から実物資産(野菜や肉や調味料といったマテリアル)を調達し、変換(調理)し、外部に出力(おすそわけ)する経済的主体としてふるまっているわけです。
ある国家を経済的主体とみなしたとき、国家は外部から実物資産を調達します。これは、一般的には輸入と呼ばれる行為です。船舶で鉄鉱石や石炭を輸入し、ガスパイプラインや水道管で用役を調達し、国外のクラウドサーバというリソースを占有して業務を遂行し、国外の知的財産や研究論文を取得します。国家の内部では、企業や家計といった個々の経済的主体や国営企業が実物資産を別の形に変換し、国外へ出力します。鉄鋼、自動車、電気機器などといったマテリアルの輸出、国際的な送電線網で国境を跨いで取引される電力、航空機リース、別の知的財産や研究成果やIPビジネスなどです。
人間社会全体を一つの経済的主体とみなした場合、人間社会はその外側にある自然から実物資産を取得しています。すなわち、地下資源、大気、水(天水、河川、化石水)、土地、太陽光、風力、水産資源、林産資源などです。そして、人間社会は、CO2や廃棄物を自然界に放出しています。
経済的主体
いままでに、経済的主体という単語を、断りなく使ってきました。経済的主体の例として、個人、家計、企業、親会社と子会社からなる企業グループ、政府、国家が挙げられます。また、経済的主体は、その内部に複数の経済的主体を持つことが可能です。例えば、国家という経済的主体は、その内部に家計や企業といった経済的主体を持ちます。また、ある企業グループという経済的主体は、その中に親会社と子会社という経済的主体を持ちます。ある家計は、その中に親と子供、兄弟と姉妹と言った経済的主体を持ちます。この文章を読んでいるあなた自身も経済的主体です。ここで、改めて本稿における「経済的主体」を定義します。経済的主体とは、次にあげる機能のうち一部またはすべての機能を持つものです。
・実物資産の調達・変換・出力
・実物資産の蓄積
・貨幣の発行
・貨幣の蓄積
・貨幣を用いた経済的取引
・経済的主体それ自身の維持・分裂・再生産
それぞれ、細かく見てゆきます。
貨幣の生成(その2)
銀行預金の発行 -政府による支出-
政府支出による貨幣の生成について、より詳しく確認していきましょう。この手順については、中野剛志*1、井上智洋*2、L・ランダル・レイ*3、シェイブテイル*4など様々な論者が議論していますし、私自身も別記事で検討しましたが、本稿でも改めて確認します。
(注:以下の会計操作は、複数の書籍を確認してまとめたものであり、いくつかは筆者の推測が入っている。また、筆者は経理の経験がないため、細かい点で誤りがあるかもしれない。もし、以下の会計操作に誤りがあれば指摘いただきたい。)
まず、民間銀行は、300億円分の日銀当座預金を持っているものとします(状態1)。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
民間銀行 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
手順1:300億円分の実物資産を用意します。
実物資産は何でも構いません。300億円分のジャンボジェット機としましょう。(ジャンボジェット機を選定した理由は、井上智洋氏の著書に合わせたためです。それ以上の理由はありません。気になるようであれば、価格と品名は好きなように変えてしまってかまいません。論旨には影響しません。)
この状態では、民間銀行の日銀当座預金と民間企業の実物資産を合わせた600億円分の資産が存在しています(状態2)。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
民間銀行 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
民間企業 | 資産 | 実物資産 | 300 |
手順2:政府が300億円分の国債を発行し、民間銀行が国債を購入します。購入後、銀行は日銀当座預金を失うかわりに同額の国債を得ます。政府は、負債を負うかわりに日銀当座預金を得ます(状態3)。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
日本政府 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
日本政府 | 負債 | 国債 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 国債 | 300 |
民間企業 | 資産 | 実物資産 | 300 |
手順3:政府は、民間企業から、300億円分の実物資産を購入します。政府は、直接民間企業の銀行口座に預金を振り込むことができないため、小切手を交付します。
手順3完了後の状態が、下の表です(状態4)。民間企業は小切手という資産を得て、実物資産という資産を失います。政府は小切手という負債を負う代わりに、実物資産という資産を得ます。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
日本政府 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
日本政府 | 資産 | 実物資産 | 300 |
日本政府 | 負債 | 国債 | 300 |
日本政府 | 負債 | 小切手 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 国債 | 300 |
民間企業 | 資産 | 小切手 | 300 |
手順4:企業は、民間銀行に小切手を持ち込みます。民間銀行は、企業の口座に預金を振り込みます。
手順4完了後の状態が、下の表です(状態5)。民間企業は、小切手という資産を失う代わりに、銀行預金という資産を得ます。民間銀行は、小切手という資産を得る代わりに、銀行預金という負債を負います。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
日本政府 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
日本政府 | 資産 | 実物資産 | 300 |
日本政府 | 負債 | 国債 | 300 |
日本政府 | 負債 | 小切手 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 国債 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 小切手 | 300 |
民間銀行 | 負債 | 企業の預金 | 300 |
民間企業 | 資産 | 預金 | 300 |
手順5:民間銀行は小切手を日銀に持ち込みます。日銀は、小切手を処理します。これは、政府の口座にある日銀当座預金を民間銀行の口座に移す作業です。
手順5完了後の状態が、下の表です(状態6)。民間銀行は、小切手という資産を失う代わりに、日銀当座預金という資産を得ます。日本政府は、民間銀行の資産である小切手を得たため、負債と資産は打ち消しあいます。
経済的主体 | 資産/負債 | 科目 | 金額(単位:億円) |
---|---|---|---|
日本政府 | 資産 | 実物資産 | 300 |
日本政府 | 負債 | 国債 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 国債 | 300 |
民間銀行 | 資産 | 日銀当座預金 | 300 |
民間銀行 | 負債 | 企業の預金 | 300 |
民間企業 | 資産 | 預金 | 300 |
民間銀行に日銀当座預金が戻ってきました。この状態は、状態(1)に国債(日本政府の負債と、民間銀行の資産)と預金(民間銀行の負債と民間企業の資産)を加えたものと同じです。そして、手順2~手順5は、預金の有無や国債の有無と関係なく実施できます。
したがって、状態(6)において、新しく何か別の300億円分の実物資産を持ってくれば、手順2から手順5までの手続きをそのまま繰り返すことで、再び300億円の政府支出が可能になります。そして、日本政府の所有する実物資産は増加し、同時に、民間企業の預金と政府の負債である国債も増えていくわけです。
さて、この議論には一つ大前提があります。それは、300億円分の実物資産が存在するということです。MMTの立場をとる論者が、実物資産の供給力を重視するのは、このためです。
政府・銀行以外による貨幣の生成
前項では、「貨幣」を政府紙幣や銀行預金を指すものと仮定して議論してきました。しかし、この仮定は不正確です。なぜならば、現実の社会において、実物資産との交換に用いられるものは、政府紙幣や銀行預金だけではないからです。
例えば、図書カード、クオカードや切手などの金券、店舗が発生するポイントカードやそのポイント、交通系ICカードの電子マネー、鉄道やバスの乗車券類、モズレーの名刺なども実物資産と交換されます。これらも、「実物資産と交換される」という点で政府紙幣や銀行預金と同等の機能を持ちます。ただし、政府紙幣と比べて、その適用範囲に制限がつきます。
貨幣の生成(その1)
これまでに、実物資産とその経済的取引について説明しました。次に、実物資産は外部からの調達や複製によって生成されるということを説明しました。また、外部への流出や消去により、消失することも示しました。そして、実物資産は価値を持ち、その価値もまた、価値観の変化により増減するということを説明しました。
そして、経済的取引においては、実物資産と貨幣が交換され、その貨幣の額面は、実物資産の価値の大きさに対応します。
貨幣の特徴は、それ自身では実物資産と同等の価値を持たないという点です。「貨幣」そのものは、紙ないし電子データ(コンピュータのメモリ上のビットの帯電)にすぎません。それを、他の実物資産と交換して初めて価値が発生します。
何か、特定の価値を想定し、具体的な仕様まで落とし込んだ状況を考えてみれば良いでしょう。例えば、生命を維持し、のどの渇きを癒すという価値を持つものは何か。そのような価値をもたらすもののうちの一つは、「500mlの飲用可能で清潔な水」であって、紙幣ではありません。紙幣は、ペットボトル入りの飲料水や水道設備の利用権と交換されることが保証されて、初めて価値が発生します。
例えば、電力の安定性を担保するという価値を持つものは何か。そのような価値を持つ物の一例は、ウラン燃料やLNGや太陽光発電設備であって、ドルや外貨準備ではありません。ドルをLNGに交換して初めて価値が発生します。
例えば、床をきれいにするという価値を提供するものは何か。それは、お掃除ロボットや掃除してくれる誰かであって、モズレーの名刺そのものではありません。モズレーの名刺は、それを受け取った誰か(例えば子供)が、掃除をして初めて価値を提供します。
さて、では、その貨幣はどこから出てくるのでしょうか。
話を簡単にするために、ここでは貨幣を「政府紙幣」及び「銀行預金」に限って話を進めます。
まず、政府紙幣や銀行預金を発行するのは、企業や家計ではないことは確かです。私たちがコピー機で紙幣をコピーした場合、法律により罰せられます。企業も同じです。では誰が発行するのでしょうか。現代貨幣理論(Modern Monetary Theory:MMT)はそのヒントを提示しています。
現代貨幣理論では、発行者の候補として、政府を挙げています。例えば、L・ランダル・レイは、『自らの計算貨幣で表示された通貨を発行する権限を付与されているのは、現代の主権を有する政府だけである[1]』と指摘します。(注:この本では、銀行券や硬貨を「通貨」として定義しています。)
しかし、この記述を西暦2022年の現代日本にそのまま適用するのは、やや不適切です。その理由は3点あります。1点目は、現代日本において、流通している貨幣は、紙幣や貨幣といった通貨のほかに、銀行預金があること。2点目は、貨幣の発行に際して、政府と国民の間に銀行を介していること。3点目は、紙幣や硬貨を市中に流通させているのは、政府ではなく、日本銀行だからです。そのため、まずは、2022年現在の日本における貨幣の発行状況を確認してみましょう。
紙幣の発行
日本銀行券の発行者は、日本銀行です。この事実は、日本銀行がそのホームページで明言しています[2]。また、法的には、日本銀行法四十六条にて、日本銀行は日本銀行券の発行をするものとして定められています[3]。
また、日本銀行券は、財務省が発行数量を計画し、独立行政法人国立印刷局[4]が製造し、製造された紙幣を日本銀行が引き取り、日本銀行の取引先金融機関が銀行券を受け取ることで、発行されます。なお、日本銀行のバランスシート上では、日本銀行券は、負債の部に計上されています[5]。
硬貨の発行
硬貨は、日本政府が発行します。この事実は、日本銀行及び財務省のホームページにて記載されています[6][7]。関連条文は、独立行政法人造幣局法第11条第1項第1号[8]および通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第4条第3項[9]です。独立行政法人造幣局が製造した後、日本銀行へ交付された時点で、貨幣は発行されたことになります。財務省が製造枚数を計画します。
銀行預金の発行
銀行預金の発行方法には二つあります。一つは、銀行による貸出、もう一つは政府支出です。
銀行預金の発行 -銀行による貸出-
例えば、井上智洋氏はその著書の中で、板倉譲治の著書を引用し、次のように述べています。
たとえば、三井銀行の社長だった板倉譲治はこう言っています。
銀行の場合には貸出しによって創造される資金自体をその貸出しの元手として使用することが出来るのであって、予め別に資金を用意していなくても貸出は可能なのである10。
すなわち、民間銀行は資金を集めて貸し出すのではなく、自ら貨幣を作り出してそれを貸し出すのです[10]。
L・ランダル・レイは、次の通り指摘しています。
すべての銀行預金は、銀行が借り手の借用書を受け取った時に銀行が行う「キーストローク[訳注:キーボードを叩いてコンピューターに入力すること]」が生み出す。[11]
中野剛志氏はあるインタビュー記事の中で、預金は銀行が無から創造していると指摘しています[12]。その根拠となっているのは、日本銀行協会が発行している『図説 わが国の銀行』と黒田日銀総裁の発言です。このうち、黒田日銀総裁の発言については、会議録で確認することができます。黒田日銀総裁は、
こうした銀行預金は、企業や家計の資金需要を受けて銀行などが貸出しなどの与信 行動、信用を与える行動、すなわち信用創造を行うことにより増加することになるということで、この点も委員御指摘のとおりであります。[13]
と西田昌司委員の質問に回答しています。どうやら、銀行の貸出によって、預金が増加することは間違いなさそうです。
銀行預金の発行 -政府による支出-
前述のインタビューにおいて、中野剛志氏が指摘している点がもう一つあります。それは、政府支出が銀行預金を増やすという点です。インタビューの後半では、国債発行による財政支出の詳細なオペレーションが説明されますが、ここでは、政府の財政支出に伴い、「銀行が企業の口座に記帳した瞬間に、1億円の新たな民間預金が生まれている」[14]と指摘します。同様な指摘は、井上智洋[15]、L・ランダル・レイ[16]らが行っています。
[1] L・ランダル・レイ監訳:島倉原 訳:鈴木正徳,『MMT 現代貨幣理論入門』,東洋経済新報社,2019,p113
[2] 日本銀行,銀行券・貨幣の発行・管理の概要 : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp), https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/outline/index.htm/#p04 ,2022/06/25時点
[5] 日本銀行, 第137回事業年度(令和3年度)上半期財務諸表等について : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp) ,https://www.boj.or.jp/about/account/zai2111a.htm/ ,2022/06/25時点
[6] 日本銀行, 銀行券・貨幣の発行・管理の概要 : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp), https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/outline/index.htm/#p04, 2022/06/25時点
[7] 財務省,令和4年度の貨幣の製造枚数を定めました : 財務省 (mof.go.jp), https://www.mof.go.jp/policy/currency/coin/lot/2022kaheikeikaku.html,2022/06/25時点
[9] 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律 | e-Gov法令検索
[10] 井上智洋,『MMT 現代貨幣理論とは何か』,講談社,2019,p44-45
[11] L・ランダル・レイ監訳:島倉原 訳:鈴木正徳,『MMT 現代貨幣理論入門』,東洋経済新報社,2019,p137
[12] 中野剛志 構成:田中泰, 中野剛志さんに「MMTっておかしくないですか?」と聞いてみた 第3回 「コロナ恐慌」で国民が“どん底”に突き落とされないために、絶対に知っておくべきこと, ダイヤモンドオンライン,https://diamond.jp/articles/-/230693 ,2020/4/2
[13] 黒田東彦,参議院予算委員会, 第198回国会 参議院 決算委員会 第2号 平成31年4月4日, https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=119814103X00220190404 ,2019/04/04
[14] 中野剛志 構成:田中泰, 中野剛志さんに「MMTっておかしくないですか?」と聞いてみた 第3回 「コロナ恐慌」で国民が“どん底”に突き落とされないために、絶対に知っておくべきこと, ダイヤモンドオンライン,https://diamond.jp/articles/-/230693?page=4 ,2020/4/2
[15] 井上智洋,『MMT 現代貨幣理論とは何か』,講談社,2019,p51-52
[16] L・ランダル・レイ監訳:島倉原 訳:鈴木正徳,『MMT 現代貨幣理論入門』,東洋経済新報社,2019,p137-p138
価値と貨幣
いままでに説明してきた価値のイメージは次のようなものです。
まず、実物資産が存在します。実物資産については既に述べたとおりです。次に、これらの実物資産を、価値観というスポットライトで照らします。このスポットライトでできる影が価値です。
実物資産だけ存在しても、それを評価する価値観がなければ価値はありません。また、皆が認める価値観があったとしても、実物資産がなければ価値はありません。
前者の例としては、価値のないものを売ろうとする人を考えれば良いでしょう。例えば、つげ義春の短編漫画『無能の人』のなかの『石を売る』エピソードです。これは、ある男が家族を養うために、石を売ろうとする話です。しかし、誰もその石に価値を認めないため、売れません。
後者の例としては、水源の見当たらない砂漠の真ん中で、お金を持ったまま「水を買いたい。」と、叫んでいる人を想像すれば良いでしょう。水は重要な価値を持ちます。のどの渇きをいやし、生命を維持するためにも必須です。"持続性"という価値観に基づいた場合、水は重要な価値を持っています。しかし、砂漠では水という実物資産がありません。だから、価値も発生しません。
実物資産が存在し、かつ、その実物資産を評価する価値観がある場合において価値は発生します。
経済的取引とは、実物資産と、価格相当の貨幣を交換する行為です。マテリアルと貨幣の交換、用役と貨幣の交換、リソースの占有と貨幣の交換、情報の利用と貨幣の交換です。
交換に必要な貨幣の量は、実物資産が提供する価値の量と同じです。ということは、ある社会のある時点において、貨幣の総量は、ある社会のある時点における価値の総量を示します。たとえば、日本社会に、1000兆円の貨幣(現金+銀行預金)が存在するということは、日本社会のどこかに1000兆円相当の価値が存在することを示します。
貨幣とは、商品ではなく、価値の量を測るための一種の点数と考えたほうが、見通しが良いと考えられます。
いずれ後述しますが、貨幣の発行と国債の発行は表裏の関係にあります。つまり、貨幣を発行するためには国債の発行が必要であり、また、国債が発行されたということは、それと同額の貨幣が発生したことを意味します。そして、経済的取引において、貨幣の量と価値の量は対応するように取引を行います。これが、財政再建をおこなってはならない理由の一つです。なぜならば、借金を減らすということは、国債を減らすということです。国債を減らすということは、貨幣量を減らすということです。そして、貨幣量を減らすことは、価値を減らす方向に、取引を行う圧力がかかるためです。
価値の生成と消失 - 実物資産の消失 - 情報
経済的取引を行うたびに、情報は複製されます。しかし、複製された情報は日々消失しています。
書籍には様々な情報が記載されていますが、この情報は日々消去されています。資源ごみとしてゴミ回収に出される。火災により焼失する。電子書籍サービスがサービスをする。パソコンの中の論文や報告書を誤って消去する。などなど…それだけで一冊の本が書けてしまうくらいです。
他にも、ダウンロードしたソフトウェアの入ったパソコンごと紛失する。情報屋が教えてくれた情報を、あなたは忘れる。突然の停電により、書きかけていた論文のデータが消失する。津波により、公的機関の全書類が流出する。とある危機言語の最後の話者が死去する。本番環境で”rm -rf /*”コマンドが実行され、サーバの全内容が消去される。ビンと缶に分別された資源ごみを混ぜ合わせる。…などなど。情報は日々複製されると同時に、日々、消去もされ続けています。
価値の生成と消失 - 実物資産の消失 - リソースによるサービス
実物資産と経済的取引の項目でも触れたように、リソースが提供する価値は、リソースの占有と同時に提供が開始され、リソースの解放と同時に提供が終了します。通常の経済的取引において、リソースによるサービスは、価値の生成と消失を繰り返しています。これはリソースが占有と解放を繰り返しているからです。
しかし、この繰り返しは永遠に続くわけではありません。あるとき、ある解放以降、占有対象ではなくなるときがやってきます。
商品の入れ替えによって棚から取り除かれるレンタル屋のCDやDVD、走行距離が社内規定を超えてしまったレンタカー屋のレンタカー、故障してしまったレンタル用の機械、すべてのリソースには寿命があり、寿命を超えたリソースは、リソースとしての占有対象ではなくなります。
そして、人間を一つのリソースと考えた場合、"死去"がこの解放にあたります。なぜならば、人は生まれながらにして、その人自身を占有しているからです。