財政支出と実物資産

 前稿にて「ある経済的主体と、その経済的主体が任意の資産の生産量を指定できる場合、その経済的主体は緊縮策を取る必要がない可能性がある」と書きました。では、経済的主体を国家と置き、資産を貨幣と置いた場合、「緊縮策を取る必要がない」場合とはどのような場合でしょうか。

 “貨幣の生成”の章にて、貨幣は、政府による財政支出で生成されることを説明しました。しかし、この会計操作が成り立つには、最初に300億円分の実物資産を用意する必要があります。ではその実物資産はどこから出てくるのでしょうか?実物資産を調達する際に、自然が生産した実物資産の取得や、輸入に伴うドルが必要になるのではないか?そして、自然の生産物も、ドルも、人間社会や自国が生産していないものだから、緊縮財政に変わりはないではないか?これは、もっともな疑問だと思います。

 これに対する回答は「実物資産によって異なる」です。

 具体例を考えましょう。例えば、あなたが何かの経済的取引をしたいとしましょう。あなたが経済的取引を行うために政府が新たに国債を発行して、財政支出をしてくれるとしましょう。ただし、上限は10万円です。この財政支出によって、どのような影響があると考えられるでしょうか?

 例えば、あなたはエンジン車によるドライブが好きで10万円全部をガソリン代に使ったとします。リッター150円と仮定すると、666.67ℓのガソリンを消費します。ガソリンの消費により、1.54tの二酸化炭素が排出されます[1]。そして、消費した分だけ環境負荷がかかります。また、ガソリンは原油から生産されます。日本は原油を全量輸入していますから、消費した分(=財政支出した)だけ輸入が必要になり、輸入のためにドルが必要になるでしょう。そして、人間社会は原油を生産しておらず、自然から取得するわけですから、自然に対するフリーライドも発生します。つまり、財政支出により、ドルの必要性と、自然に対するフリーライドと、環境負荷が発生します。

 では、10万円すべてを電車賃に使ったと仮定した場合は?あなたは乗りつぶしを趣味にしていて、その10万円を鉄道運賃に当て、中国山地のローカル線(山口線、美弥線、芸備線木次線)から私鉄から新幹線まで乗りつぶすことに使ったら?

その場合、財政支出による影響はほとんどないと考えられます。

 なぜなら、あなたが乗ろうが乗るまいが、鉄道は毎日動き続けているからです。鉄道車両は1両当たり20t~40tの重量があります。そこにあなたが乗車したところで、せいぜい50kg、0.25%~0.13%の重量の増加です。1/1000のオーダーですから、燃料消費量の増加は、ほぼ無視できると考えられます。ということは、ドルの必要性と自然に対するフリーライドの発生と環境負荷も、ガソリン代に使ったときに比べればずっと少ないと考えられます。

 つまり、「緊縮策を取るべきか否かは」、財政支出の結果、どのような経済的取引が発生するかどうかで、判断は変わります。少なくとも、以下の条件は明確にしたほうがよいと考えられます。

 

 ・経済的取引の目的:「消費」か「投資」か

 ・実物資産の調達元:「経済的主体の内部」か「経済的主体の外部」か

 ・実物資産の生産能力:余裕があるか逼迫しているか

 ・実物資産の種類:「マテリアル」か「用役」か「リソースによるサービス」か「情報」か

 

[1] https://ghg-santeikohyo.env.go.jp/files/calc/itiran_2020_rev.pdf より計算

借金と緊縮財政 - 経済的主体、借金、緊縮財政

 一般的な用法として、「借金」という言葉を使うとき、ある経済的主体が、その経済的主体の外部の別の経済的主体に対して、外貨建てで負っている債務を指します。そして、借金を返済するということは、ある経済的主体の外部へ外貨が出ていくことを指します。

経済的主体=家計の場合における借金

 例えば、「家計の借金」は、家計の外部の誰か(例えば銀行)に、外貨(この場合は日本円)で返済しなければならない負債を意味します。

 借金を返すために行うことは、外貨収入を増やし、外貨での支出を減らし、余剰となった外貨で借金を返済することです。借金の原因は、車のローンかもしれないし、家のローンかもしれないし、奨学金かもしれません。借金の額は、10万円かもしれないし、1億円かもしれません。しかし、要因が何であれ、額面が何であれ、返済のために行うことは同じです。

経済的主体=企業グループの場合

 企業のグループの借金の場合も、基本的な考え方は家計と同じです。企業グループの外部にある経済的主体(例えば銀行)に、外貨(この場合は日本円)で返済しなければならない負債を意味します。

経済的主体=国家の場合

 「政府の借金」という場合、注意しなければいけないことがあります。それは、政府が、誰に対して借金を負っているかです。

 もし、政府が、外貨建て(例えばドル建て)の借金を、自国以外の経済的主体(ここでは別の国家や世界銀行)に対して負っているのであれば、それは企業や家計が負う一般的な借金のイメージと同じです。借金を返済するために、収入を増やし、支出を減らさければいけません。借金は外貨建てなのですから、国外に流出するドルを減らし、ドルを稼ぎ、ドルで返済することです。つまり、輸入を減らし、輸出を増やす。断熱や再生可能エネルギーの推進で、石油、石炭、天然ガスといった外部から輸入する実物資産を減らし、競争力のある製品で輸出品やインバウンドで輸出する実物資産を増やすことが必要です。

 一方、「政府の借金」が、「自国通貨建て(円建て)の国債」を指しているのであれば、別の判断が必要になります。なぜなら、国債の発行と政府支出による銀行預金の発行は裏表の関係にあるからです。国債発行残高は、今までに発行済みの自国通貨建ての貨幣の総量を示しているにすぎません。この場合、貨幣の総量が適切であるか、政府支出額が目的に照らし合わせて適切であるか、政府支出に対応する実物資産があるかどうかが問題であり、借金があること自体が問題ではありません。

経済的主体=人間社会の場合

 経済的主体を人間社会全体にまで拡大した場合、人間社会の外部には、自然があります。そして、人間社会は自然から様々なマテリアルを取得しています。ここで注意すべき点は、人間社会は、自然からマテリアルを取得するに当たって、対価を支払っていないということです。人間社会は自然からマテリアルを取得する一方で、マテリアルに対し対価を支払っていないのですから、人間社会は自然に対してフリーランチしていることを意味します。

 このようなフリーランチの例として、地下資源の採掘、水産資源や林産資源の取得、大気や希ガスの取得、自然エネルギーの取得などがあげられます。

 また、フリーランチの結果取得したマテリアルの例として、化石性の地下資源(石油、石炭、天然ガスなど)、鉱物性資源(鉄鉱石、ボーキサイト、ウラン、その他金属性資源)、ヘリウム、砂、リン鉱石、塩、宝石、水産物、林産物(木材やパルプなど)、大気(窒素ガス、二酸化炭素ガス、希ガスなど)、水(河川からの水の取得、天水、化石水など)、太陽光、太陽熱、風力などがあげられます。

 このうち、多くのマテリアルは無尽蔵ではなく、量に限りがあります。代表的なものは石油、石炭などの化石性の鉱物資源です。また、いくつかの資源は、自然に回復しますが、その回復率は人間社会の消費率よりもはるかに低いです。その一例はウナギです。

 現時点では、無尽蔵と扱ってよいものあります。太陽光はその一例です。また、窒素ガスもそうです。しかし、自然から取得されるマテリアルには、その量に上限が存在する場合が圧倒的に多いでしょう。いわゆる「限られた資源」です。なぜ、限られているかというと、それらのマテリアルの生産は自然が行っている(または行っていた)ためです。自然は人間社会の都合は一切気にしません。ですから、人間社会は自然に対して生産量を指示できません。あるもので我慢するしかありません。そして、「限られた資源」ということを意識すると「浪費を止めて」「資源を節約し」「将来への負担をなくそう」という考え方になります。つまり緊縮です。

 ニュースでは「原油生産」と呼んでいるじゃないか、という人もいるかもしれません。しかし、私たちがふだん原油生産と呼んでいる行為は、地層内部にある原油を地上へ運び出す輸送行為です。人類社会の外部から供給された原油は、パイプラインやタンカーで輸送され、精製プラントで精製され、使い捨てプラスチックに加工され、使用され、廃棄され、ゴミ収集車に回収され、焼却炉に投入され、CO2として大気中に放出されます。誰ひとりとして、CO2から原油を作り出す生産能力を持っていません。そのため、地層内部の原油は減る一方です。

 さて、ある経済的主体は、ある財(実物資産と貨幣を含めた財)の生産量を指定できない点で、人間社会と自然の提供するマテリアルの関係は、家計・企業と政府の発行する貨幣の関係に相似です。人間社会が石炭や石油の生産量を指定できないように、家計や企業は紙幣や銀行預金の発行量を指定できません。したがって、家計や企業は豊かになるための方法の一つとして、緊縮策を取ることになります。

 言い換えれば、実物資産であれ貨幣であれ、「ある経済的主体と、その経済的主体が生産量を制御できない任意の資産がある場合、その経済的主体はその資産に対して緊縮策を取る」ということです。ということは、「ある経済的主体と、その経済的主体が任意の資産の生産量を指定できる場合、その経済的主体は緊縮策を取る必要がない可能性がある」ということです。そして、国家とその国家が発行する貨幣はまさにそのような関係にあります。

 

2022.08.29 新規投稿

2022.08.30 更新

2022.08.31 更新

2022.09.03 更新

負の価値の取扱

 ここまでの話は、実物資産が正の価値を持つ場合の話でした。しかし、現実の実物資産は、負の価値を持つ場合があります。このような負の価値を持つ実物資産の例として、次のようなものがあげられます。

 

マテリアル

・有害物質(有機水銀[1]カドミウム[2]6価クロム[3]、鉛[4]アスベスト[5]、PCB[6]など)

・アルコール[7]

・タバコ[8]

二酸化炭素[9]、フロン[10]

放射性廃棄物

・麻薬、あへん、覚せい剤[11]

・ふぐ[12]

 

リソースによるサービス

国鉄63系電車 [13]によるサービス

・不適切な修理をされた航空機[14]によるサービス

  

情報

・反ワクチン報道[15]

関東大震災時の流言飛語[16]

 

 このような負の価値を提供する実物資産に対して、経済的主体が実施する対策は以下のようなものが考えられます。

 

(1)負の価値と同等の貨幣を用意し、別の経済的主体に引き渡す。

 産業廃棄物処理業などが該当します。ただし、この取引は、あくまでも所有権の移転であって、負の価値そのものが社会からなくなったわけではありません。

 

(2)負の価値が社会に提供されないようにする。法的に使用を禁止する、代替品を開発する、出荷検査時に除去する、修理を行う等。

 ほぼすべての製造業には、製品出荷前に検査工程が存在します。不良品は、この段階で検出され負の価値が顧客に提供されないようにします。

 法的に禁止する一例が、アスベスト(石綿)やPCBです。アスベストは、耐熱性や電気絶縁性に優れた鉱物ですが、肺癌や中皮腫を引き起こすことが指摘され、2022年現在では、アスベストおよびその含有製品は、労働安全衛生法および労働安全衛生法施工令によって、製造、輸入、譲渡、提供、使用が禁止されています。また、PCBは、絶縁性に優れた性質のため、変圧器や蛍光灯の安定器に使われていましたが、カネミ油症事件をきっかけに化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律にて規制されるようになりました。

 

(3)免許制度を定め、所定の資格を取得した対象者にしか扱わせないようにして、負の価値が社会に提供されないようにする。

 該当するのが、自動車、無線機、ふぐ料理、麻薬などです。

 麻薬は麻薬及び向精神薬取締法をはじめとする法令や省令で、その取引が免許所持者のみに限定されています。

 

(4)負の価値が提供されることを容認する代わりに、負の価値に相当する貨幣を市場から回収する。回収方法の一つとして税金が考えられる。

 該当するものが、たばこ、アルコール、二酸化炭素などです。

 ある実物資産がプラスの価値とマイナスの価値を同時に持ち、流通量が極めて多く、禁止や制限が、経済的・政治的・文化的などの理由により困難である場合です。その場合、社会に提供されたマイナスの価値に相当する貨幣を、税金という形で回収し、消去します。その例が、タバコにかかるたばこ税、アルコールにかかる酒税です。今後はここに、炭素税が加わる可能性があります。

 貨幣の項目で触れたように、貨幣とは、生産された実物資産の価値を示す点数の一種です。正の価値が誕生した場合、それに対応する貨幣を発生させる必要があります。したがって、負の価値が発生した場合、負の価値に対応する貨幣を消去しなければいけません。この消去するという行為が、徴税になります。

 

[1] 水俣病の原因物質、RoHS2指令対象物質

[2] イタイイタイ病の原因物質、RoHS2指令対象物質

[3] 発がん性、RoHS2指令対象物質

[4] 中毒性など

[5] 肺疾患等の原因物質

[6] カネミ油症事件の原因物質

[7] アルコール中毒、臓器障害

[8] 肺疾患など

[9] 気候変動、大雨、台風の強大化、干ばつ

[10] オゾン層の破壊

[11] 中毒性など

[12] 中毒性など

[13] 桜木町事故の原因の一つ。可燃性塗料、ドアコック位置の非表示、内開きの貫通扉、三段式のガラス窓などに要因により火災時に乗客が脱出できず、死者を発生させた)

[14] 機体番号JA8119。圧力隔壁の修理が不十分だったため、飛行中に破損し、日本航空123便墜落事故の原因となった。

[15] たとえば、日本におけるHPVワクチンの接種率低下の要因の一つには、マスコミ報道があったことが指摘されている。「ハーバード大の研究グループ、日本のHPVワクチンの接種率低下を分析 6つの提言を公表」,2021/09/28,https://news.yahoo.co.jp/articles/ec5f1dc6035fcbbb7cecc75c12fca9f53ff90d56

[16] 中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会「第4章 混乱による被害の拡大 第1節 流言蜚語と都市」 『1923 関東大震災 報告書 【第2編】』、2008年3月、https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/18_chap4-1.pdf

経済的主体 - 貨幣を用いた経済的取引

 経済的主体は貨幣を用いて、他の経済的主体と経済的取引を行います。この経済的取引は、貨幣と実物資産の交換というかたちをとります。この交換については、実物資産と経済的取引の項で詳細を述べました。

 ある工場(経済的主体)と、その工場に部品を納入する協力会社(これもまた経済的主体です)の間では、マテリアルと貨幣の交換が行われます。

 工場は、直接員(製造現場の組立工員や検査工員)や間接員(設計、生産管理、品質保証、経理など)を雇います。ここで、工場は各人員の時間を占有する代わりに、占有時間に相当する対価(賃金)を支払います。

 ある家計は、フリーマーケットで中古の音楽CDを購入したとします。このとき、家計と別の家計(出店者)との間で、貨幣と情報が交換されます。別の家計は、フリーマーケットで得た収入で用役(例えばガス代)の代金を支払います。

 各々の企業は、輸入と輸出を通じて、国外の企業と実物資産と貨幣の交換を行います。

経済的主体 - 貨幣の蓄積

 経済的主体は、貨幣を蓄積します。この蓄積された貨幣は銀行預金や企業の内部留保、外貨準備高と言った形をとります。家計では、財布の中の現金紙幣や、銀行預金と言った形をとります。企業では、現金での内部留保と言った形をとります。国家では、外貨準備高といった形をとります。

経済的主体 - 貨幣の発行

 経済的主体は、貨幣の発行機関を、その内部に持ちます。そして、そして発行した貨幣をその経済的主体の内部で流通させます*1

家計を一つの経済的主体とみなした場合、家計はその中に、モズレーの名刺を発行する父親、肩たたき券を発行する子供という貨幣の発行機関を持ちます。企業とその利用者をひとつの経済的主体とみなした場合、この経済的主体は、その中に企業という貨幣の発行機関を持ちます。日本旅客鉄道会社の場合は、JRポイントやオレンジカードや乗車券を発行します。日本郵便であれば、切手を発行します。そして、経済的主体が国家である場合、国家はその中に政府や銀行といった貨幣の発行機関を持ちます。

*1:例外はあります。

経済的主体 - 実物資産の蓄積

 経済的主体は、実物資産を蓄積する機能を持ちます。つまり、マテリアル、リソース、情報を蓄積します。

 例えば、工場を経済的主体とみなしたとき、工場はマテリアルを蓄積します。この蓄積されたマテリアルは在庫と呼ばれます。これらの在庫は、部品在庫や製品在庫の形をとります。また、工場は、その内部にリソースを蓄積します。これらのリソースは、経済的主体の機能を維持するためのものです。例えば、工場は建物や工作機械、金型や冶工具などのリソースをその内部に持ちますが、これは、先に挙げた経済的主体の機能のうち、「実物資産の変換」を行うためのリソースです。そして、工場は、組み立てのノウハウや検査記録といった情報をその内部に蓄積します。

 個人や家計についても同じことが言えます。実物資産の変換を調理としたとき、家計における実物資産の蓄積の一例は、冷蔵庫内にある買い置きや作り置きです。リソースに当たるものが、調理における調理器具です。そして、情報に該当するものがレシピや実際に調理してみた結果です。